障害者の働く場「ソーシャルファームとは?」日本や海外の事例を紹介

障害者の働く場「ソーシャルファームとは?」日本や海外の事例を紹介

障害者をはじめ、ニートや引きこもりだった人など、働きたくても自分に合った仕事に就くことが困難な人を受け入れる「ソーシャルファーム」が注目されています。

遠い外国の話ではありません。近年ダイバーシティの重要性が叫ばれるわが国日本でも、全国で初めて東京都議会がソーシャルファーム創設を進める条例を成立しました。

一体どのような内容なのでしょうか。また、条例によって何が変わるのでしょうか。ソーシャルファームについて解説していくとともに、国内外の事例も紹介します。

ソーシャルファームとは?

ソーシャルファーム(Social Firm)とは、障害者など通常の労働市場では就労の機会が得難い人たちに対して、仕事の場を創出することを目的とした社会的企業のことです。

一般的な企業のように利益を追求しますが、得られた利益は株主などに分配することなく、企業活動に再投資する点が大きな特徴と言えます。

例えば、ソーシャル・ファーム・ヨーロッパ(Social Firms Europe、CEFEC)の定義は以下の通りです。

・ソーシャル・ファームとは、障害者或いは労働市場で不利な立場にある人々の雇用のために作られたビジネスである。

・ソーシャル・ファームは、その社会的任務を遂行するために市場志向の商品の製造及びサービスを提供するビジネスである。(収入の50%以上は売上げから得られている)

・ソーシャル・ファームに雇用されているかなりの数の人々(最低30%)は、障害者或いはその他の労働市場において不利な立場にある人々である。

・各労働者は、各自の生産能力に関わらず、仕事に応じた賃金や給料を、市場の相場によって支払われる。

・労働の機会は、不利な立場にある従業員と、不利な立場にはない従業員とに、平等に与えられる。すべての従業員は同じ権利と義務を持つ。

【引用】Social Firms Europe (CEFEC) の定義(1997年)

ソーシャルファーム発祥の地はイタリアです。1970年代、精神病院で入院していた患者が退院後、自立して生活できるよう地域住民と共に働く場所をつくったのが始まりです。

後には障害者全般、刑務所出所者など、一般の労働市場では就労することが困難な人を広く対象とするようになりました。

ソーシャルファームの動きは、ドイツやイギリス、フランス、フィンランド、ポーランド、ギリシャなどヨーロッパ中にも拡大し、ヨーロッパ全体で約10,000社が設立されました(2008年)。

一般の労働市場では就労が困難な人に対し、一般の労働者と共に働く場を提供する組織として発展しています。

【参考】ヨーロッパとアジアのソーシャルーファームの動向と取り組み ソーシャル・インクルージョンを目指して

ソーシャルファームが必要な理由

先にも触れましたが、2019年12月25日、東京都は「都民の就労の支援に係る施策の推進とソーシャル・ファームの創設の促進に関する条例」(条例第91号)を公布しました。

条例制定の目的は以下の通りです。

都民一人一人が個性と能力に応じて就労し誇りと自信を持って活躍する社会の実現に寄与することを目的とする

【引用】都民の就労の支援に係る施策の推進とソーシャルファームの創設の促進に関する条例

現在、障害者だけでなく、高齢者、母子家庭の母親、引きこもりやニート、刑務所出所者、ホームレスなど、様々な事情で適切な仕事に就くことが困難な人が多数存在しています。

働きたくても働けないことによって生じているのは、貧困や社会からの孤立です。

特殊な事情があってもきちんと働いて収入を得られる場、ソーシャルファームによって、こういった社会問題の解決を目指していくのです。

東京都の条例では、就労困難者を相当数雇用して他の従業員と共に働ける取り組む企業をソーシャルファームとして認証し、財政的な支援をしていきます。

【参考】条例のポイント

ソーシャルファーム国内事例

日本においても、ソーシャルファームジャパンが設立されるなど、障害者雇用に対する取り組みが行われています。ここでは、各団体・企業の活動を紹介していきます。

日本で最高水準のチーズを製造・販売するNPO「共働学舎」

約40年の歴史を持つ「共働学舎」は、障害者や引きこもり、精神不安定などの悩みを抱える人たちと「共に働き、ともに生きる」道を目指してきました。

1978年に新得農場を開始し、放牧された牛乳で手づくりするチーズは欧米のコンクールで金賞等を受賞。年間総生産額は1.8億円にものぼり、70人余りの日常生活を支えています。

自ら汗を流して働いた結果が、自分達の生活を支えているという自覚が芽生え、社会人としての自負を持つようになったといいます。

【参考】共働学舎新得農場・チーズ工房・ミンタル

障害者雇用を作り自立と社会参加を応援する株式会社スワン

「クロネコヤマトの宅急便」の生みの親である故・小倉昌男氏が、ヤマト福祉財団、ヤマトホールディンクスとともに設立したのが株式会社スワンです。

スワンでは以下の理念を掲げています。

「障がいのある人もない人も、ともに働き、ともに生きていく社会」

【引用】株式会社スワン

1998年6月にスワンベーカリー第一号として銀座店をオープンして以来、全国で30店舗を展開。350名以上の障害者が経済的な自立を果たしています。

障害者の支援事業を行うNPO「多摩草むらの会」

1995年、精神障害者の居場所と雇用促進を目的に設立された、NPO法人「多摩草むらの会」。

グループホームを始め、饅頭の製造・販売、家庭料理レストラン、お弁当の製造・販売、農産物の生産・販売、公園清掃・ハウスクリーニングなど幅広い事業を展開。色々な職場を設けることにより、それぞれの障害者に合った職を作ろうと務めています。

同会の取り組みから学べるのは、「障害者」を全面に出さないで、健常者が行っている事業と対等に競い合っていること。

お客様に認められてお金をいただく喜びを障害者に理解してもらうため、時には厳しく関わり、自立を促すなど真剣に取り組んでいます。

【参考】NPO法人 多摩草むらの会

ソーシャルファーム海外事例

次にソーシャルファームの本場、ヨーロッパにおける事例を見ていきます。

ドイツのソーシャルファームが経営するホテル

従業員37名のうち、31名が障害者程度50%以上の重度障害者という、ドイツのソーシャルファームが経営するホテル。ベッドメイキングやレセプション、ウェイトレスなどを障害者が担っています。

同ホテルではソーシャルファームであることをPRしていませんが、利用客の25%はソーシャルファームだからこそ同ホテルを選んでいます。例えば、ドイツ鉄道、IBMなどの大企業が出張先として契約しているのです。

同ホテルのマネージャー曰く、補助金を受けているけれども「実態は一般のホテル」であり、他のホテルとは競合関係にあるといいます。

多くの利用客はホテルのサービスが気に入って選んでいるとのこと。ソーシャルファームと言えども、価格や品質、サービスの内容で勝負していく必要があることがわかります。

【参考】報告書 ドイツソーシャルファームの実地調査報告会―報告2

商品開発に強いフィンランドのソーシャルファーム

フィンランドのあるソーシャルファームでは、補助金に頼らない企業マインドを醸成するため、商品開発に力をいれました。そこから生まれたのが、「モルック」というブランドの商品化です。

モルックは、フィンランドの「投てき」スポーツです。競技では、木製のボーリングの「ピン」のようなものが使われます。

同社ではモルックの「ピン」をインダストリアルデザイナーなど専門家も含めて開発。フィンランドの白樺で作り、国際的な特許も取得しました。

モルックは特にフランスで人気が高く、ドイツやスペイン、オランダ等で販売され、年間約2億7,000万円の売上をあげています。

同社では今後も引き続き商品開発、ブランド化に力を入れて経営していくとのことです。

【参考】報告書 フィンランドソーシャルファーム実態調査報告会―報告2

イギリスのソーシャルファーム中間支援機関

イギリスには、障害者の雇用を支援するために設立されたソーシャル・エンタープライズである、「ソーシャル・ファームUK」があります。

ソーシャル・エンタープライズとは、社会的な目的を持ったビジネスで、利益は株主や事業主のためではなく、社会的な目的のためにそのビジネスやコミュニティに再投資されます。

ソーシャル・ファームUKは様々な活動を通してソーシャル・ファームを支援するネットワーク機関として、ソーシャルファームの設立と成長を支援する多くの手段(ビジネス計画やマーケティング、研修、業績評価、免許取得、フランチャイズ化、および公共セクターとの契約獲得等)を開発してきました。

ソーシャルファームは雇用を確保するだけでなく、事業の継続が課題になります。商品開発や人材育成など、社会でも支援していくことが必要です。東京都でも条例ができた今、日本におけるソーシャルファームの更なる広がりに注目していきましょう。

【参考】講演2:イギリスのソーシャル・ファーム政策の動向

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