精神障害の労災認定件数が過去最多!過去10年で最も申請数が伸びた業種とは?

精神障害の労災認定件数が過去最多!過去10年で最も申請数が伸びた業種とは?

「労働時間が長い業種」「差別やパワハラが多い業種」を聞かれた時、おそらく「都心のオフィスビルで働く人」をイメージする人は多いのではないでしょうか。

確かに建設業界やITエンジニアなどが人手不足だと言われていますから、そのようにイメージするのも頷けます。

しかし、労災の申請件数や他データを見ると、あまり知られていない意外な事実が浮かび上がってきます。

今回は最新データと過去10年分のデータから見る、労災申請と認定件数が増加した業種について考えます。

【最新版】精神障害による労災申請・認定件数

2019年6月28日、厚生労働省が「平成30年度 過労死等の労災補償状況」を公表しました。

過重労働による脳や心臓の疾患、ストレスによって発症した精神障害について、労災を請求した件数等が取りまとめられています。

当メディアでは、各業種における精神障害の労災請求件数を業種別に集計してグラフ化しました。

【参考】厚生労働省 民間雇用労働者の過労死等の労災補償状況

医療業界(320件)、製造業(302件)における労災申請数が最も多い結果。業界全体での精神障害による労災請求件数が1820件なのに対し、医療業界で17.6%、製造業で16.6%を占める状況です。

つまり、労災申請者の3割以上は医療と製造業界における従事者ということになります。

【業種別】過去10年間の労災申請・認定件数

上記の労災件数は増えた結果なのでしょうか、それとも減った結果なのでしょうか。

以下に過去10年間における労災補償状況をグラフ化しました。労災認定件数は上下しながらも申請数は一貫して増加し続けている状況です。

【参考】厚生労働省 民間雇用労働者の過労死等の労災補償状況

請求と認定とは別の「支給決定件数」というデータでは数がさらに減りますが、いずれにしろ、心理的な負荷やストレスを労働災害として申請する人、つまり、精神障害を発症する人は増えていると言えるでしょう。

では、最も労災の申請が増えたのはどんな業界や職種なのでしょうか。以下に同じく厚生労働省のデータをグラフ化しました。

上のグラフは過去10年間における労災申請件数の増減率を平均化し、増加率の高い業種順に並べたグラフです。

申請率が最も高い業種は「医療・福祉関係」となっており、申請件数は他業種と比べて圧倒的に多いのが分かります。

その反面、宿泊飲食関係や情報通信関係の業種などは平均してマイナスとなっており、慢性的に精神障害を発症する人の多い職場は医療や福祉関係になっている状況です。

労働時間ランキングからみる労災増加の原因

ではなぜ、医療・福祉関係の業種で労災の申請件数が異常に多いのでしょうか。

業種別で精神的な疾患を発症する原因が述べられる時、多くのメディアでは「労働時間」に着目します。

その根拠としては、厚生労働省が公表している「労働統計要覧」から、月の総実労働時間と所定外労働を基に解説するケースがほとんどです。

では、実際に厚生労働省のデータから、総実労働時間と所定外労働時間の多い業種をランキング形式で見てみましょう。

業種別の総実労働時間ランキング(1日あたり)
【1位】 運輸業・郵便業 8.67時間
【2位】 建設業 8.67時間
【3位】 製造業 8.26時間
【4位】 鉱業・採石業・砂利採取業 8.18時間
【5位】 情報通信業 7.98時間
【6位】 電気・ガス・熱供給・水道業 7.84時間
【7位】 学術研究・専門・技術サービス業 7.8時間
【8位】 複合サービス事業 7.78時間
【9位】 金融業・保険業 7.39時間
【10位】 不動産業・物品賃貸業 7.39時間
【11位】 医療・福祉 7.18時間
【12位】 サービス業(他に分類されないもの) 7.00時間
【13位】 卸売業・小売業 6.87時間
【14位】 生活関連サービス業・娯楽業 6.48時間
【15位】 教育・学習支援業 6.44時間
【16位】 宿泊業・飲食サービス業 5.36時間
業種別の所定外労働時間ランキング(1日あたり)
【1位】 運輸業・郵便業 1.25時間
【2位】 建設業 0.92時間
【3位】 製造業 0.90時間
【4位】 情報通信業 0.79時間
【5位】 電気・ガス・熱供給・水道業 0.76時間
【6位】 学術研究・専門・技術サービス業 0.75時間
【7位】 鉱業・採石業・砂利採取業 0.68時間
【8位】 金融業・保険業 0.62時間
【9位】 サービス業(他に分類されないもの) 0.58時間
【10位】 不動産業・物品賃貸業 0.57時間
【11位】 教育・学習支援業 0.42時間
【12位】 複合サービス事業 0.41時間
【13位】 卸売業・小売業 0.39時間
【14位】 生活関連サービス業・娯楽業 0.38時間
【15位】 宿泊業・飲食サービス業 0.36時間
【16位】 医療・福祉 0.31時間

【参考】厚生労働省 労働統計要覧

厚生労働省では「1か月あたり」で公表していますので、1か月を20日出勤と仮定の上で「1日当たりの労働時間」として算出しました。

総実労働時間も所定外労働時間もランキングに大きな違いはなく、医療や福祉関係の総実労働時間は長くても7時間程度ですので、上のグラフを見たところで「大したことないな」と思われる方もいるでしょう。

しかし、この統計は「法的に定められた範囲内での労働時間」の統計で、「サービス残業」などが一切考慮されていません。

よって、一般的なメディアやブログで紹介される厚生労働省のデータだけでは、医療や福祉関係における労働時間の実態を掴んだことにはならないのです。

労災増加の一因はパワハラや差別?!

サービス残業について詳しく調査されたデータは多くありませんが、ここでリクルートワークス研究所が全国6万人以上を対象に調査・作成している「Works Index」という指標をご紹介します。

Works Indexは「就業の安定」「生計の自立」「ワークライフバランス」「学習・訓練」「ディーセントワーク(仕事の健全性)」の5項目から構成される指標で、個人の働き方を「偏差値」として可視化した指標とお考えください。

以下は「勤務時間・場所自由度・残業の有無」に関して、偏差値の平均50を下回る業種をグラフ化したもので、全55業種のうち、医療・福祉関係の業種は以下6つの業種が調査されています。

  • 医師、歯科医師
  • 介護士
  • 看護師、保健師
  • 技師、理学作業療法士
  • 福祉相談指導専門員
  • そのほか医療専門職

医療・福祉関係の6業種のうち、平均値50を下回ったのは3つ。特に「医師、歯科医師」において、勤務時間や残業の多さに不満を抱いている人が多い状況です。

ただ、医療・福祉関係において、精神的な疾患を発症してしまう原因は労働時間だけではなく、差別やパワハラなどを原因に精神障害を発症してしまう人が多い可能性もあります。

6つある医療・福祉関係の業種のうち5つが、偏差値は平均以下という結果。しかも、全55業種の中で「看護師・保健士」「介護士」「福祉相談指導専門員」がワースト3を占めている状況です。

特に「福祉相談指導専門員」の偏差値の低さを見ると、医療や福祉関係の業種における差別やパワハラはかなり深刻な状況ではないかと考えられます。

【参考】リクルートワークス研究所

医療・福祉の労災増加要因は「長時間労働+パワハラ」

福祉・介護・看護といった仕事は、複雑な人間関係に晒される職種です。医師や上司、先輩、同僚、他の関連職種、そして患者とその家族など実に様々な人と関わらなければなりません。

それを裏付けるかのように、先ほどのグラフでは労働時間は「医師・歯科医師」の偏差値が低いのに対し、差別やパワハラは「看護師や介護士など」の偏差値が低いという逆転現象が起きています。

そう考えると、労災の申請件数が医療・福祉関係の業種で急激に増加しているのも不思議ではありません。

医師のイライラと看護師や介護士の精神的負担という悪循環は、もはや慢性化していると言っても過言ではなく、その結果、医療・福祉分野のおける精神障害による労災の申請件数増加に繋がっているのでしょう。

医療・福祉関係における労働環境が悪いのはデータからも一目瞭然ですが、医師や看護師の精神疾患が増加している事実を伝える報道機関やWebメディアはあまりないのが現状です。

この由々しき事態である現状が広く伝えられ、早期に業界全体としての対策が取られることを願うばかりです。

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